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土曜日, 11月 24, 2007

小沢健二を見てきた

彼は何をしたいのかな?
彼が誰かというと、小沢健二。

僕が昨夜観た催し(映像と話と音楽)は…

映画「おばさんたちが案内する未来の世界」を見る集い
エリザベス・コール
小沢健二

こんなこと書くと誰かに怒られそうだけど、製作者が何を訴えたいのか理解できない、何を伝えたいのかハッキリしない内容だった。居心地の悪さとイライラで早く帰りたかった。

このブログは僕のブログだから思ったことを書きたいと思う、僕は小沢健二を見たかったし彼の言葉を聞きたかった、彼が何をしようとしているのか知りたかった。あのホールにいた150人の全てがそうじゃ無いだろうけど、小沢健二という名前があるから2000円を出してあのホールに集まったはず。
エリザベス・コールという名前だけで同じ催しをしたら何人集まっただろう?

「おばさんたちが案内する未来の世界 Old Ladies's Guide to the Future」は、ステージ、小さなスクリーンとプロジェクタ、スクリーンの右側に小沢健二、左側にエリザベス・コールという外国人の女性。自分で撮影編集したビデオをビデオカメラからプロジェクタに繋げてスクリーンに投影するエリザベス・コールと、映像に合わせて詩を朗読し小さな弦楽器をアンプに繋げて弾く小沢健二。ビデオと詩の内容はラテンアメリカの社会とそこにある価値観のこと、社会のあり方のこと、国の政治や生活を話す人の記録。全体は3部構成で、休憩を挟んだ前半後半と観た感想を発言する時間。

全部観てみると小沢健二が映っている映像は一瞬も無い、エリザベス・コールもカメラで撮影しているから映らない、人に質問する声は聞こえるけどエリザベス・コール本人なのかわからない。本当に行って来たの?どんな格好で?そこは暑い?臭い?その時に何を感じたのか表情が見えない、声が聞こえないのでは「ラテンアメリカを二人で旅して作った」という証拠が無いから疑ってしまう。小沢健二は何をしたの?

映画だと言うけどこれは映画ではない。
「社会環境学ワークショップ」とでも呼んだ方が見る人が理解するはず、映画だと思って見に行ったら困惑してしまう。

観ないで判断したくないから全部観たけど…
ビデオ映像だけで作品として完結していないし映画なら詩の朗読や音楽の演奏は映画の中でやればいい。灰色は…おばさんは言った…、詩の朗読が話を分かり辛くしている。弦楽器の演奏はアンプの音量が大きくてうるさい。この手の題材を扱うならドキュメント映画の手法を使ったら良かったのに…なんとなく彼の言いたいことは分かるような気はするけど…

観た感想を発言する時間
ビデオ作品の上映が終わったら、「これで終わりです」と一言。拍手。
「この後、この映画を観て考えたこと、思い出したことを聞かせて下さい」休憩を挟んで観た感想を発言する時間が始まる。

僕はイラストを描いたり、写真を撮ったり、ビデオ撮って編集したりするから作者の気持ちは分かる「僕が作った作品どう?格好いいでしょ?君はどう思う?感想聞かせて!」な気持ち。でもこれって作者のエゴだよね。

突然「はいどうぞ、誰か…」で発言者を探す。
なかなか感想を言う人がいないし、感想を言う人もなんか的外れな感想を言うし、皆揃って「今日は素敵な映像と音楽、素敵な時間をありがとうございます」って、本当にそう思ったの?

女性が質問した、「私はあなたの音楽が好きです、アルバムが出て海外に行って、公に姿を出さなくなって、いろいろ調べてみても情報がない、あなたは何故この活動はじめたのですか?キッカケというか経緯を教えてください」正確では無いけど、こんな感じの質問。
丁寧な言いかたで失礼なことは言って無いと思うけど、返ってきた答えは「そんなのどうだっていい、それが問題じゃない」「Q&A的なのは無し」。
その質問はタブーなのか?
僕はイライラしていた。誰でもそう思うだろうし「小沢健二」の名前で見にきているからなおさら、ネットの不確かな情報では無くて本人の口から聞きたいのに…
彼は感想を聞くだけ、ICレコーダー片手に、感想の発言が終わったら「はい、次…」。

自分が作り上げたものに自信があるのかもしれないけど、「この作品はいつ頃、何ヶ月間撮影して、こういう意味があって、こういう理由で作りました」という説明が欲しかった。

エリザベス・コールは英語を話すアメリカ人、彼女が何か発言すると小沢健二が日本語で「…こう言っている」と訳して話す。感想を聞いて訳して彼女に英語で伝える、どれだけ正確に伝えてるか判らないけど完全にコントロールしているじゃん、自分だけが理解すればいいのかな?

時間が無くなり終了

価値観が変わった小沢健二は過去の歌をもう歌わないだろうなぁ、「プラダの靴が欲しいの〜」なんて歌いたくないだろうしね、多分昔の自分が恥ずかしいのかも、でも彼ことをオザケンとか王子様と呼ぶファンに対して一言あってもいいのでは?あの頃と今とでは状況が違うんだとかなんとか。

でも彼の歌詞や言葉が好きなファンの僕としては、彼が今伝えたいこのことを歌にしてほしいわけです。彼は言葉の人だしミュージシャンなんだから。

24 コメント:

匿名 さんのコメント...

頭が堅いんだなあ

シンジ さんのコメント...

このコメントって僕の頭が堅いの意味なのかな?

ダグ さんのコメント...

Tobias!

シンジ さんのコメント...

?

松永 さんのコメント...

はじめまして。6日に奈良で見て、イベントの内容についてはシンジさんとは違う感想を持ちました。でもやっぱり、旧来のファンに対して一言あってもいいのでは、というようなことは思ったので、「カローラIIから驢馬への方向転換というのは、どういうきっかけで、いつごろから考えて、いつ踏み出したのか」と質問したら、考えながら答えてくれました。日記に書いたので、よかったらご覧ください。
http://art.way-nifty.com/ysk/2007/12/post_f778.html

シンジ さんのコメント...

こんにちは。なるほど会場によってさまざまみたい、観る人によっても違う感想かも。ブログやSNSの情報は伝言ゲームの様で不確か、僕も会場で本人の口から本人の言葉で聞きたかったです。でも松永さんの質問への返答は言い回しが宗教みたいで、答えてる様で答えてない感じだね。

http://art.way-nifty.com/ysk/2007/12/post_f778.html

kaori さんのコメント...

こんにちは。昨日横浜で行われたこのイベントに参加した者です。シンジさんの感想に同感です。私も小沢健二の音楽が大好きで、彼の音楽は活動しなくなってからもずっとずっと心の支えとなってくれ、私の人生のかけがえの無いのもでした。そんな小沢君が今度はどんなものを伝えてくれるのか、期待半分不安半分で見に行きましたが、正直大変失望し、変わってしまった小沢君に「どうしちゃったの?!オザケン!」と叫びたくなりました。映画も何を言いたいのか焦点がはっきりしないし、小沢君が灰色について伝えたい気持ちは共感できてもメッセージがとてもチープ。NHKのドキュメンタリー番組みたいで、まるで目新しいことはなく、なぜ小沢君がそんなやり方でそんなことをしなければいけないのか意味が分からなくなりました。彼の音楽が大勢の人に与えてくれた感動。生命について、希望や光について、芸術の可能性、、など音楽によってあれだけのことができる才能を持った彼だったのに、10年経って出てきたものがこれか、と思うとなんとも悲しくて家で大泣きしてしまいました。音楽で灰色と闘ってほしい。その方がたくさんの人々の心を動かせるし、伝えたいことも伝わる。私はそう感じました。

シンジ さんのコメント...

こんにちは。

音楽で灰色と闘ってほしい。その方がたくさんの人々の心を動かせるし、伝えたいことも伝わる。私はそう感じました。

僕もそう思う。
ファンを泣かしちゃダメだよね。

樽井 さんのコメント...

 はじめまして。
 全然違う話題でヒットしてきてみたのですが、すごくファンだったオザケンのその後が書かれていて興味深く読ませていただきました。彼は今そういう状態だったのですね。
 でも、僕もシンジさんと同じで歌で自分の言葉でどんどん世の中に出て来てほしいと思います。ミュージシャンのオザケンが大好きでしたから。

シンジ さんのコメント...

こんばんは、
この話題はいろいろな人がそれぞれ違う意見でブログを書いています、検索して他の人の意見も読んでみて下さい。僕と違う見方の人もいるので、僕の意見はたくさんの意見の中のひとつだと思って下さい。
僕は今でも小沢健二のファンだなぁ、だって「LIFE」は最高だと思うし。

POP-ID さんのコメント...

同感です。
立ち位置が明確でない人と
ディスカッションなんてできないし
小説だけでじゅうぶんです

何故この会があるのか?
あやふやすぎました。

シンジ さんのコメント...

皆さんは彼の小説とか童話を読んでいるみたいだけど、僕は読んでいない。読んだら理解できるのかな?
予習が必要な映画って…

立ち位置が明確でない人と
ディスカッションなんてできない


僕も同感。

シンジ さんのコメント...

このエントリーについて、はてなブックマークにコメントがあるので、リンクしときます。

はてなブックマークでのコメント

匿名 さんのコメント...

こんばんは。
皆さんのコメントを読ませて頂きました。
映画の上映には参加できなかったんですが、皆さんのお話からそのようなことがあったことを知って大変良かった。皆さん幸せですね、生きたオザワにお会いになって。オザワが元気で生きていて・・・それだけで良かったです。なんか、思うんですケド、アーティストってすざまじいジンセイだと思うんですよ。作品が作れなかったら、売れなかったら、社会的にホームレスになりかねない。それって、ある種社会的暴力ってことですよね。生贄ですよね。そんな中でよくぞ今まで生きて、再びニホンに来てくれたなあと。それだけで・・・そんなオザワに拍手を送ろうかと。ワタシもこの20年で大きく変わりました。戸籍上は同一人物でも、実際には別人となりました。
皆さんのおっしゃるとおり、表現者としては、アウトプットのクオリティも確かに大事だと思います。
ただ今回は、同じ人間という種族の一員として、生きていてくれて良かったと申し上げたいです。それだけです。失礼しました。

匿名 さんのコメント...

>映画なら詩の朗読や音楽の演奏は映画の中でやればいい。

アンディ・ウォーホール全否定ですか(笑)
正直自分の期待してた料理が出されなかったからって、
駄々こねてるようにしか見えませんよ。
後追いの身からすると、ここまで小沢健二に「オザケン」であることを望む連中のほうに違和感を覚えるんですけどねぇ。

匿名 さんのコメント...

アンディ・ウォーホール?
関係ない。

でも、小沢健二をオザケンと
してみてはいけないことはわかる。

アズ さんのコメント...

こんにちは、はじめまして。
「小沢健二」で検索してきました。
レポートありがとうございます。
こんな事があったんですね・・・。
時間がたつのは早い・・・。
フリッパーズからの小沢くんのファンなので今、彼が何をしているのか知りたくて検索してました。

くぼ さんのコメント...

こんにちは。
時々CD引っ張り出して聴いています。あたしも中学~高校にかけてかなり熱中してました。地方だったので、一度もライブに行けなかったなぁ~。一生に一度でいいから、行きたいです。

今年の初めに、この上映会(?)の存在を知りました(遅)

内容が詳しくわかってよかったです。なんだかわからないけど、あたしも読んでて涙が出てしまいました。ほかの方の意見も見てみます。
ありがとうございました。

kid a さんのコメント...

こんばんわ。久しぶりにオザケンはどうなってるのかと検索してココに辿り着きました。僕はこの上映会?行った事無いですけど、決してこの活動が以前のように沢山の人の心に届いているものでは無いということは、いくつかのブログやコメントから読み取れます。
シンジさんのズバッと本音で書き込む姿勢に習い、私も自分の意見を。

彼は「本当のこと」に拘り過ぎていると思う。世界を変えるための活動としてこんなことをしているのだと思うけど、それは相手がデカすぎて、活動そのものが嘘に成らざるを得ない。世界は変わらなければ滅びるのかもしれないけど、たぶん歩くようなスピードでしか変われない。彼にとってカローラがロバになった経緯も数年か十年くらいの蓄積のはずで、それを数時間で他人に分からせるのは簡単ではない。だから、答えられない。
きっと彼はモガイテイルのだ思う。今は駄目でも、いつか心に刺さるようなモノに成るかもしれない。そう期待していたい。

とまあ、偉そうに僕は思います。長文失礼しました。

あふろ さんのコメント...

はじめまして。
オザケンは、今なにしてるんだろって思ってここに。
シンジさん、貴重な情報ありがとうございます。

直接的な質問に答えない事でもわかりますが、きっと小沢健二はオザケンとして見られたくないんでしょうね。

ここのコメにある松永さんへの答えに、「自分が見ているものは一定である」といいながら、「難しい質問」と結ぶところは、
ユーザー側の気持ちとのギャップに多少なりともジレンマがあるという事ではないのでしょうか。

ただ、だからと言って、小沢健二がオザケンを放棄すれば、華麗なる小澤家の一族の人ではあるが「誰でもない」わけですから、わざわざお金払って誰が観に行くのかは疑問です。

そもそも、自分がそういう風に見られている事にジレンマがあるなら、ファンに作品の感想を求める事がはなからナンセンス。

小沢健二にやりたい事があるなら、オザケンというキャラクターを利用する事が一番はやい道筋なのに、残念ながら折り合いがつかないんでしょうね。。。

匿名 さんのコメント...

賢い人にありがちな、独りよがり、を感じる。
けれども、その、情熱は決して崩れておらず、多くの人波を,経験した人間であるからこそ、それのない、アナログな地道なやり方を選んだのだと思う。
自分の思う人生の歩き方をして、幸せなかただと思う。
小さな歩みが、世の中を、少しずつかえうるのだと確信しているんだろう。とても疲れたとき、あ~モーツアルトが聴きたいという、生活を送ってきたその育ちに、答えがあるように思う。

ミータロ さんのコメント...

久しぶりに「ラブリー」聞いてて、ふと検索したらここにたどり着きました。
コメントを書いたみなさんの中にも、あれ?今何してるの?という方がいたので、同窓会みたいな気持ちがしてちょっと嬉しい・・・・(ちがうか)

絵本などを書いている事はしっていましたが、いまいち小沢健二像が把握できなかったので、私もシンジさんのブログを興味深く読むことができました。

率直な印象としては、"オザケン"もずいぶん変わりましたね。そりゃ、だいぶ時間が経っていますもんね。シンジさんの率直な感想にもすごく同意できたのは、自分の中のイメージ像とのギャップでしょうか。

その溝を小沢健二の今の言葉で埋めてほしいって気持ち、とっても分かります!とはいっても、本人は突然変わった訳でもないと思うので、そのイベントに関することを質問してほしかったんでしょうね・・

ただ、CDにデータ化された音楽って変わらないから、「ラブリー」聞くと、あーあと10年くらい待ってもいいからもう一回歌ってほしいな〜、と思ってしまいますね〜

やっぱり、あの軽いリズムで深い意味の歌は、オザケンでしか歌えないと思うなぁ・・・・しみじみ。。

ぶぅちゃん さんのコメント...

最近車のCMで今夜はブギーバック流れてましたね。
なつかしー。あの曲、昔仲良かった後輩がカラオケでよく歌ってたな
好きだったのになぁ
そういえばオザケンって今なにしてんだろう?と気になって・・・
どこ行ったら会えるんだろ?なんか急に会いたい

匿名 さんのコメント...

なにかをアウトプットするなら、それにまつわるあらゆることの責任をとるべきだと思うんです。

映像作品作ってDVD焼いて売って、買った人の環境じゃ再生されませんでしたー じゃあどうする?焼きなおす?どの環境なら再生できるか確認して教えてあげる?

小沢健二が王子様をやめるなら「もうやめる」って言ってくれれば今の小沢健二に当時のオザケンを求めたりしない。「若いころの事恥ずかしいって今は思う、だからみんなも空気読んでよ」みたいなのはちょっと…と思う反面、その少年性を含んだ傲慢さみたいなものが彼のパーソナリティなんじゃないか、だとすれば当時の魅力的だった彼の本質には変わらない部分があるんじゃないかと、期待してしまいます。

ご本人も、当時のファンも今のファンも、今は今、過去は過去として、それを受け入れて彼の発信する何かを共有できる時が来る事を願います。

しかし文学界では小説の方の評価はどんなものなのか気になります。